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2008年11月03日

『三国志』という日本語の境界線の曖昧さ

深夜になって、ようやく酒が抜けてきたよ。
今日は地元の祭っぽいイベントに、協力会の人として出展者参加。
昼前に全部の景品を配り終えたので、昼からずっと酒盛りでした。
昼からガバガバ飲む日本酒は最高だね!


で、話はタイトルの内容に移る訳ですが。
色々考えて思った事は「一番の責任者は吉川英治氏にある」と言う事ですね。
なにかと言えば、三国志の事ですよ。

筑摩版三国志

学術方面で言えば、『三国志』とは『二十四史』の一つであり、きちんとした正史の一つ、つまり歴史書です。
そして、歴史書で無い物は『三国志演義』『三国志平話』等の『三国志』とは別の名前が、中国では付いています。
『隋書』『旧唐書』『新唐書』と『隋唐演義』は全くの別物です。世間一般でも、これは当たり前ですね。
ところが、『三国志』と『三国志演義』になると、何故かこの境界が曖昧になってきてしまう人が、日本には多いのですよ。

日本では、一番のスタンダート作品の吉川英治氏の小説が『三国志』という歴史書と同じタイトルで発表された為か、漫画も『三国志』、ゲームも『三国志』が一番のスタンダート作になってしまっています。
おそらく、これらの二次(三次?)創作物が一番元の歴史書『三国志』と同じタイトルである事が、歴史と創作の境界を曖昧にしている事の原因だと思われます。
(歴史書も創作物の一つという話は、本題から逸れる為、置いておく。)

お陰で、きちんと区別して使っているこちらからすると、普通の人に気軽に『三国志』『三国志』言われると、頭が混乱してくるんですよね。
で、話を聞いて考えてみると、大体の場合が「三国志演義に起因する創作・架空世界の三国鼎立時代」の事な訳です。

そして昨今は、訳のわからない三次・四次創作やパロディの三国志創作物が溢れかえっており、酷いものは目に入る度に微妙な気分になります・・・。
受け手が歴史・創作の区別が付かないのは当然としても、作り手までもが歴史・創作の区別も付いていなさそうな作品も多々見受けられ、特にそう言った作品には嫌な気分を抱かざるを得ません。


つまり長々と何が言いたかったかと言うと、

『三国志』は歴史用語です!
歴史と関係ないものには、それ以外の名称を使え!
俺の心の安寧の為に!


と、原作至上主義者としては思ってしまう訳です。

一番の犯人は、吉川英治氏。万人に広く読まれる小説に、他の著書と混同するタイトル名称を付けないで下さい。
二番目は羅貫中氏?ですね。『三国志演義』の出来が通俗小説としては良すぎた所為で、こんな歴史書と区別が出来なくなる様な事態を引き起こした訳ですから。
ホント、両人には死後の世界で反省して頂きたい(笑)。

そんな訳で、愚痴は終わる。
posted by 淵明 at 23:55| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記
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